2017年3月28日

ギレルモ・スコット・ヘレン、マイケル・クリスマスを迎え、ヒップホップに帰還 ~Lady Parts By Fudge~


帰ってきた! ギレルモ・スコット・ヘレンがヒップホップに帰ってきた! そう歓喜している人も多いことでしょう。という、私もですが……。ヘレンのエレクトロニカやアンビエントももちろんいいんです、いいんですよ。でも……、この人のこの手の音楽も……、やっぱり聴きたいですよ。

プレフューズ73なる名義の作品において、ヒップホップをベースにした音楽――アブストラクト・ヒップホップ――で世に現れ、近年はそこから少し離れてエレクトロニカやアンビエントなどの音楽に取り組んできたクリエイターであるヘレン。

しかしここではヒップホップを、それもしごくまっとうなヒップホップを、MCのマイケル・クリスマスと共に展開しています。本作はその2人によるファッジという名義の作品。ヘレンがここまでまっとうなヒップホップに取り組んだのは初めてなのではないでしょうか。

エレクトロニカか? 音響系か? いや、ヒップホップ? そんな問いは不要。これはどこをどう切ってもヒップホップ。オールドスクール・ヒップホップのにぎやかさと華やかさ、古いソウルやジャズの香りを漂わせるヴィンテージ感のある音、縦横無尽に駆け回る2000年以降のビート・ミュージックに通じる強靭なビート……、これらを巧みに混ぜ合わせたトラックが冴えに冴えています。

そしてマイケル・クリスマス。ボストン出身の22歳のMCがいなすように、なめらかにすべるように、ヘレンが繰り出すトラックに言葉を絡ませていきます。力強く、それと同時にやわらかさのある、粘り強くしなるようなラップです。

ヘレンがヒップホップに帰ってきたことを喜びつつ、ヘレンのトラックに真っ向からぶつかり、自分のものとしてしっかりと消化したクリスマスのラップに拍手を送りましょう。2016年のヒップホップ・シーンの中でキラキラと輝く、ポジティヴな空気に満ちた作品です。



2017年3月26日

このギター・ポップは春の訪れを、夏の訪れを知らせてくれる ~Rubber Bracelet, Lost in youth By Lost Tapes~


春の訪れを、夏の訪れを感じたら、スペイン・バルセロナのロスト・テープスなるバンドの作品をどうぞ。ふんわりとした春の風のあたたかさと真夏に飲むサイダーのさわやかさ……、そのふたつを混ぜ合わせたギター・ポップを聴かせてくれます。春をむかえて、そして夏になる、そんなときに聴きたくなります。

私がロスト・テープスのことを知ったのはつい最近のこと。リバーブやコーラスなどの空間系のエフェクトをかけたふくらみのあるギターの音、単音のフレーズを奏でるキラキラと輝くギターの音、この2本のギターと爽快感のある清々しい歌のメロディに心をつかまれました。

ドリーム・ポップに通じる夢見心地な空間、シューゲイザーにありそうな興奮、ネオアコから受け継いだきらめき……。ロスト・テープスが鳴らすギター・ポップの中にはそういった感覚が広がっています。

バンドキャンプにシングル作品がいくつかアップされていて、やわらかいギターの音とささやくような歌声がやさしく耳を包み込む「ラバー・ブレスレット」がもっともおすすめです。軽快なリズムが気持ちいい!



切ないメロディが印象的に響く「ロスト・イン・ユース」もいいです。



また、ロスト・テープスの楽曲をまとめてチェックするなら、以下のCDが便利です。

 We Thought It Was Okay at the Time (2013~2015)
Let's get lost<タワーレコード限定盤>

2017年3月22日

なまめかしくみだらに、そして官能的に迫るハウス・ミュージック ~Love Songs: Part Two By Romare~


エロい、という言葉よりもふさわしいのはなまめかしくて、みだら……、いや、官能的という言葉か……? うん、この官能的という言葉のほうが似合うかな。そういうハウス・ミュージック。スタイリッシュ、かつ、ロマンティックでもある。イギリスのクリエイターであるロメアーの2作目のアルバムでございます。

ずっしりと重いドラムとベースが地面にねばっこくからみつくように、ゆーったりとしたテンポで進んでいきます。ダブよりもヒップホップよりも、さらに重いドラムとベースが低く低く……、とにかく低く……! 低く沈み込み、低音域をがっちりと固めるこの2つの音の響きが特徴的。そしてみだら。

そこに女性シンガーのヴォイス・サンプルやシンセサイザー、ギターなどの楽器の音がねっとりとなまめかしく絡みついていく作りの曲が中心です。サイケデリックの香りをまとい、古いソウルやファンク、ブルースのテイストが練り込まれています。

セオ・パリッシュやムーディーマンといったデトロイト・テクノと、スミス&マイティやマッシブ・アタックといったブリストル・サウンドを繋いだような音楽。品のある官能的な色気を濃密に漂わせる音の世界に……、さあ、おぼれましょう。



2017年3月20日

この心地よいヒップホップのような毎日を送ることができたなら…… ~Everyday life By matatabi~


自分の日常にあるリアルなことを表現するのがヒップホップだというのなら、これもまさにヒップホップ。とはいえ、自分の日常がこの音楽のように心地よいのかと聞かれたら? うーん、どうなのでしょう、こんなに心地よくはないか……。

毎日の生活というタイトルのこの作品。ここにある音楽のようにほのぼのとした心地よい毎日を送りたいものです。おだやかで、やさしくて、ユルい。そしてユーモアがある。のんびりとした気持ちのいい空気が流れる天気のいい休日のよう……。ここではそんな雰囲気のインストゥルメンタル・ヒップホップが展開されています。

作者である日本人ビートメイカーのmatatabiは、この手のユルいヒップホップの名手と言っていいですね。いやはや、まったくすばらしい! この人らしい、すっとぼけた感じ。それがここでもばっちりハマっています。

太陽の光を浴びて色あせたような音、古いビデオテープを古いビデオデッキで再生したら聴こえてくるような音。ここにあるそういう音たちがこんなにも心地よく、気持ちよく響くとは……。また、そういう音をヒップホップに持ち込んでいるというのだから、実に新鮮。

ローファイ、という言葉では表現できない、表現しきれないニュアンスの音。この音にのんびりと浸ろうではありませんか! お茶でも飲みながら。この作品のトータルタイムは約38分。心地よい38分を保証します。



2017年3月19日

キーボードから放たれた音の粒が軽やかに舞い、なめらかに滑る ~Experience EP By Joe McDuphrey Experience~


ふわりと浮き上がり、揺らめきながら美しい輝きを放つフェンダー・ローズの音の粒なのか、エレクトリック・ピアノの音の粒なのか、どちらだこれは……。少し硬めの音のドラムとゴニュゴニュとうごめくように鳴るベースの音の上をピアノが軽やかに舞い、なめらかに滑る……、そんなジャズ・ファンクを展開しています。

作者はジョー・マクダフィという方。何とこの方、マッドリブによるプロジェクトであるイエスタデイズ・ニュー・クインテットのキーボーディストとのこと。とは言ってもですね、イエスタデイズ~のメンバー全員がマッドリブの変名なので、演奏しているメンバーは全員マッドリブ。つまり、マッドリブのプロジェクトということ。

そしてここで展開しているジャズ・ファンクからはイエスタデイズ~ほどイカれていない、ブッとんでいない印象を受けます。終始リラックスした演奏なので、聴き手はピアノの音の心地よさにフォーカスしやすいのではないでしょうか。ちなみにこの作品は2002年にヴァイナルでリリースしたもののデジタル版です。



2017年3月14日

一日の終わりはしんみりと…… ~What Are We Made Of? By SHIGETO~


あれっ、シゲトってこんな感じだったっけ? エレクトロニカ系の音楽を作っている日系アメリカ人であるシゲトのことを知っている人は、冒頭のジャジーなサックスのフレーズを聴いて、そう思うのではないでしょうか。

そういうふうにジャズっぽい音で始まる曲ではありますが、冒頭以降は奥深くで静かに鳴るリズムと風の音を思わせる電子音の中に美しいピアノの音が響く、アンビエントタッチの曲を展開しています。終わりの方でうっすらと聴こえてくる、サックスの音がいい味を出しています。

アルバムの最後にありそうな曲というか、楽しかった一日のことを寝る前に思い出させるような……と言いますか、そんな曲。一日の終わりに、ふとんに入る前に、ぜひどうぞ。



※シゲト ライヴ映像



2017年3月9日

ユルいビートときらびやかな電子音がおだやかなひとときを届けます ~Azulejos By GeminisAzul~


ヒップホップからエレクトロニカに接近し、そのあいだをのらりくらり……。どちらとも取れないあたりをさまよいながら、しかしそれでも最後はヒップホップに着地する日本人ビートメイカー、GeminisAzulの作品。

日本の庶民のヒップホップといった印象を受けます。この作品からほっこり感を覚えるのはその印象ゆえでしょうか。春の日差しを思わせる、きらびやかなあたたかい光をまとったローファイな音が耳にやさしく響きます。

わたしたちの日常にほっと一息。日常の隙間にこのおだやかなヒップホップがなごみのひとときを届けます。さあ、それではチルしましょうか。この音楽はそんなことを言っているかのよう。

そして生真面目な音楽は作りませんよと言っているかのごときユーモアを振りまきつつ、時にホロリとさせるリリカルなメロディをスッと挟み込むところが、この人の音楽を特徴的なものにしているように思います。



2017年3月4日

甘くて苦い、そして粗いビート・ミュージック ~KuroST​.​BLQlordTESLA By zeroh~


ヒップホップとエレクトロニカ、ベース・ミュージック、トラップ……、そんなあたりがグシャッと一緒くたになったような音楽。アメリカ・ロサンゼルスのビートメイカーであり、MCでもあると思われる、zerohなる人物による作品です。

無機質な印象を与える粒の粗いドラムの音は、古いドラムマシンを使っているかのよう。そして図太いベースの音からはこれまた無機質な印象を受けます。しかしその上に乗る、ジャズやソウルのテイストを含んだピアノの音や電子音にはほんのりとしたあたたかみが……。

それらの音は昔のソウルやヒップホップのレコードから聴こえてくる音に被さっている膜みたいなものを引きはがして、むき出しにしたような音。ローファイな音と言ってもいいのだけれど、それとはちがう、殺伐とした雰囲気を感じます。でも、甘いんだよなあ。





2017年3月1日

都会の路上から見上げる星空のような音楽 ~[TTV003​]​​​: Dystopia By Cram x Aru2~


ぐりぐりぐりっとワキバラにめり込んでくるような低音域の音が実に心地よく鳴っています。これは1990年代のブーム・バップと2000年代のベース・ミュージックにある低音域の音をいいあんばいで混ぜ合わせた音……、大好きです、こういうの。

これがディストピアって……、いやいや……。心地よく鳴る低音域の音、そしてヒップホップにソウルを絡めたメロウで色気のある展開……、そんな音の連なりにうっとりしていると、これはユートピアでしょう!と言いたくなります。

本作は2人の日本人ビートメイカー――CramとAru2――によるアーバンな雰囲気のメロウ・ヒップホップ集。そう、たしかにアーバン、たしかにおしゃれ。でも、ヒップホップらしいイカガワシサやワイルドさをしっかりと練り込んでいます。都会の薄汚れた路上から星空を見上げているかのような音楽です。